*****  2007Aug 9thThr   *****   独立記念日のシンガポールの町!祭りの夜、シンガポール川沿いで味わう! 
Friday, August 10, 2007, 19:13 - イベント
8月9日は、
シンガポールの国民の祝日、「NATIONAL DAY」。独立記念日に町は祭りムード一色です!



今年は、ナショナル・デー・パレード(NDP)記念式典 が初めてマリーナ湾で開催されます!
花火や、国軍のパレード、空軍の航空ショー、若手ミュージシャンの演奏など、
祭りのクライマックスはここで迎えます!

シンガポールの独立1周年の1966年から、毎年8月9日に開催される「独立記念式典」。
今年のナショナル・デー・パレードのテーマは
               「シティ・オブ・ポシビリティ(可能性に満ちた都市)」。

そのマリーナ湾に注ぐシンガポール川。
河口から川をを少し登ったところにある、飲食店街クラークキー、ボートキー周辺では、
花火を一目見ようと、たくさんの人が何時間も前から集います。



              「この時間にこんなに人が集まるクラークキーは初めてだよ!」
夜の賑わいが最も活気に満ち溢れる時間帯のクラークキー。
確かに、水上レストランやテラスレストランの灯りが灯される前の時間に
ここまでの賑わいを見ることは希でしょう。
↑↑↑↑↑ 写真 
よーく見てください!階段になっている川沿いにたくさんの人々が腰掛けています!!

また、シンガポールの原点「ラッフルズ上陸記念の地」のラッフルズ像!↓↓↓↓↓ 写真
背後の金融街「ラッフルズプレイス」のシェントン・ウェイの高層ビルが際立って見えます!



このナショナルデーの今日、
このラッフルズ像に向かい合わせに新たな像が設置されています。



像の足元には像に込められた思いも掲げられています。



この独立記念日に欠かせない存在の人物がいます。
ここで簡単に、独立前のシンガポールの政権について、時の流れと共に紹介しましょう。

現代のシンガポールを作り上げたと言われる人物、「李光耀」について。



1945年、太平洋戦争の日本の敗戦によって、再びイギリスの直轄領となる。
1948年、マラヤ連邦に自治を与えた。
1955年、ようやく部分自治を与えられた。自治政府は、将来の独立へ向けて国民統合を進めた。
1959年、総選挙で圧勝した人民行動党(PAP)が政権に就き、リークアンユーが首相となった。
1963年、マラヤと合併して、マレーシア連邦の一つの州となる。しかし、対立が絶えなかった。
1965年、マレーシア連邦がシンガポールを追放する形で分離独立、シンガポール共和国となった。

その後、リークアンユーは、
独裁体制下で開発政策を進めていき、シンガポールの基礎を築いていきました。
              ○拠点空港となる「チャンギ空港」の整備
              ○関税廃止
              ○教育水準の向上
              ○マナー管理 等等。

また、東南アジア諸国連合(ASEAN)結成時の1967年に、シンガポール他4カ国で加盟しています。
その結果、アジアでも有数の経済発展を成し遂げました。
1990年、リークアンユーは首相職を辞任しました。その後を継いだのがゴー・チョクトンが首相。


20世紀後半に急速な経済成長を果たした国として、10カ国・地域の1つにシンガポールが、
「新興工業経済地域(NIES)」に名が挙げれています。
1998年に一人当たりGDPは3・3万ドルに達しています。



さて、今夜のナショナル・デー・パレードの観覧チケット。
祭りのクライマックスが見られるとあって、毎年大変な人気です!
電話やインターネットでの応募で抽選の後に配布されますが、毎年激化しています。
              今年の競争率はなんと「17倍以上」!
わずか、2万7000人のところ、およそ46万9400件応募がありました。

マリーナ湾のパレード会場へラッキーにも参加する事ができた人も、
それ以外の人々も、家族や恋人や仲間と町へ繰り出し、皆で祭りの到来を祝っていました!
日が暮れる前のシンガポールリバー沿いの涼しい風は、日本の夏祭りの夜風にも似ていました。



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